小林高鹿

小林高鹿

松永玲子とは

松永玲子とは、極上のシャンパンのごとき素晴らしい香りと、薄黄金色の液体に立ち昇る小さな泡の群である。

ドン・ペリニョンの慇懃ではなく、クリュグの、中でも最も生産量の多い、グランド・キュヴェの親しみと、シャンパン・オブ・シャンパンを思わせる正当性である。

松永玲子とは、ミル貝のしゃぶしゃぶの後味である。

薄切りの新鮮なミル貝を、湯の中で泳がせる。タレは醤油にごま油を少々、それにネギの細切り、ショウガの糸切り。鷹の爪。

加熱することで、ミル貝の甘みが上品になり、独特の海の匂いも柔らかくキリリと一本立つ。シャキッとした歯ごたえ、なめらかな舌触り、心地よい喉越し。飲み込むとその後味は・・・。

実にすっきり澄み切った切れ味のよい味。

後味の余韻をいつまでも楽しむべき一品である。

松永玲子とは、最上級のメロンの断面にみる煌めきとトキメキである。

うっとりする様な輝きと、甘美な香りに包まれた、ひとときの淡い夢の儚さを思わせてあまりあるアトモスフィアー。我々を凡庸な日常から、天上の高みへと誘う天使の羽根を付けた羽布団なのである。

松永玲子とは、渓流を上る、天然の鮎のしなやかな肉体である。

淡水魚独特の、川の匂い(主に食す、水中のコケの淡い香りであろう)を上品に纏う、天女のごとき、はらわたの清々しさである。他にはない繊細な苦みと、締まりきってなおホロリと崩れる身の、朗らかな甘み。

いずれも、我々に至福をもたらす、最上の食材に他ならない。

そしてまた、いまだ食べたことがないという点でも、これは私にとっての松永玲子なのである。

そして小林高鹿とは、長良川の鵜飼いのごとき、残酷でいて甘美な手練である。

鵜(そ)を突いてなお、美しき鮎の体を、傷つけることなく、とめどもなく吐き出させるのだ。

*参考文献 『美味しんぼ』